廃業した2代目クリーニング屋の奮闘記 (37)
50歳を過ぎてからの数年間は、仕事や私的な事でいろんな問題が起きました。
そういう年齢なんでしょうね。
そういう年齢なんでしょうね。
私的な事では、会社の借金は無くなったんですが、個人的に沢山の借金を背負う事になり、すべてに対してヤル気が無くなってしまいました。仕事もする気が無くなり半年ぐらい仕事もせず籠もってしまいました。
鬱病と診断されました。
この問題を解決するのに約2年ぐらいかかり、お金もすっからかんになってしまいました。
解決できた頃には、僕も嫁も疲れきっていました。
この時も、嫁や息子達が協力して頑張ってくれました。
もう、嫁には一生頭が上がりません、その後遺症が今出ています(笑)
仕事の方は、この間何も進まず停滞状態です。
当初の目的であった、長時間労働・紛失・クレーム・低収入というのは改善できて来ていたので、目標を失いつつありました。
僕は、そもそも経営者の器では有りません。
親がしていた商売を長男やからということで、既定路線を決められ、深い考えも何も無くクリーニングをするようになりました。
クリーニングの仕事に興味も関心もありません、帰って仕事に慣れてきた頃から問題が噴出し、その苦しみから逃れるため、また、生活していくためにだけ頑張っていたようなものです。
偶然、トヨタ式に出会い改善し変えて行くことで、だんだん仕事が楽しくなりやりがいみたいなものを感じるようになっていきました。
作業を変えることは、教えてもらいながらするのでそんなに大変な事は無いですが、変える前後に発生する人の問題が凄く大変でした。
変えるとき、何かを始めるとき、必ず人の問題が発生します。
従業員さんがいなくて1人でしていれば、すぐに変える事が出来ますが、なかなかモチベーションが維持出来ないですよね。
常に、自分も含めた対人間です。こういう時は人に感情が無ければ良いなとつくづく思います。
(感情が無ければ、つまらない人生になってしまいますが)
親や職人さんや従業員さん、嫁や同業者や友人、意見をぶつけ合ったりなだめたり謝ったり、強引に押し通したり話を聞いて理解を示したり、助けて貰ったり悩みを聞いて貰ったり、色んな手法を屈指して人間関係を築いて進めたい方向に進めようとします。
変えるという事は自分を変えるということ、自分が変わらなければ回りは変わらないです。
他人だけ変えさせて、自分は変わらないなんてあり得ないですよね。
回りを変えたければ、自分が変わらないと変えれないですよね。
疲れませんか?僕は疲れます。許容範囲の広い人間ではありませんので・・・
自分と同じ様な価値観の人間がそばにいれば安心でき、癒やされます。
僕としては、当初のやりたいことを一通り出来つつあったので、次にどういう方向に進んで行くのか、将来の事を考えた時期でした。今までは、そんな先の先まで考えた事無かったです。
そういう年齢になったということでしょうか?
それは後継者を作ってはりまやを継続させていくのか、僕の代で終わらせるのか?
と言うことが個人店にとっては一番の問題になります。
後継者を作ると言うことになれば、僕の子供に継がせると言うことが第1候補になりますが・・・